the garden of entropy

芸術カルチャーらへんが好きなKO学生が書く粗雑な感想たち。基本思いつきなので途中で投げ出したりするけど許してネ。

また文章を書こうと思い

最近、色々な体験をしているのに何もアウトプットできていないなあと反省し、このブログを掘り出してまた更新し出すことを決めた。

 

文章を書くことが好きだったはずなのに忙しい(と思い込んだり、思わされたり)毎日のせいでここ一年あまり言葉に向き合わなかった気がする。

 

自分自身の好きを仕事に生きている人やや、素晴らしい技能を持った人々と会う機会が増えて、自分自身の技能の低さを憂い(すげー言葉遣いだ)きちんと自分の好きを極めてみようと腹を括った。

 

頑張りまっす。

ぬるく。ゆるく。けど、本気で!

草間彌生作品における命の輝き

 日本を代表する前衛芸術家、草間彌生草間彌生の作品と言えば、周知のとおりあの水玉が支配する物質と世界のイメージだった。ポップでありながらどこか不安と寒気を感じさせる赤と白の斑点。何故人間はトライフォビアが多いのだろう。私もブツブツ蓮コラが嫌い。けど気孔だって細胞核だって精子卵子も毛穴も全て細かく開けられた穴と円だ。斑点は命の根源とだっていえそうなものなのに、私たちはその斑点を見て寒気を覚え不快になる。

 草間の作品では「目」と「男根」も増殖し続けている。闇の中でこちらを見ている無数の目。感情もなくただこちらを眺めている目。男根、というよりはもはや排泄物に見える円錐と円柱の中間みたいな形をしたそれがびっしりと詰まった世界。初期は肉塊のような薄紫色のなにかに支配された世界だったのが段々と腐りかけた有機物に生えるカビみたいなポップな色合いへと変化していく。いつか私が放置したメンマに生えたビビットレッドの丸くてぷっくりしたカビ、見た瞬間に背筋がぞわりとして分別も無視してゴミ箱に投げ込んだ。草間の展覧会を見ているとき、そのカビは生命の循環だったことに気が付いた。有機物(人間も含む)は循環、動くことをやめた瞬間に腐りはじめる。私たちも息が止まった瞬間、血が流れなくなったその瞬間から腐る。それは肉体という物質を得た時から決まっていたこと。しかし、いわゆる「死」と呼ばれるそれは終わりではない。腐り始めた瞬間、蛆虫やカビ、そして菌たちが肉体を分解しそして無へと(厳密にいうと、それぞれの中へと)還してくれる。それは命の円環であり、汚物に塗れ悪臭を放つ過程でありながら命が繋がっていくという崇高な瞬間でもある。

 草間の作品の斑点やどこかアボリジニの作品からの影響を感じさせる虫の絵、はたまた菌やゲノムのようなモティーフには寒気を感じさせる気持ち悪さと、その営みに見える命の輝きへの感動を感じた。結局文明を手に入れて潔癖なんてものになろうと私たちの体内では無数の菌が蠢いており、それに生かされているという事実。トライフォビアで潔癖の私たちが嫌悪し不快に感じるそのモティーフにこそ命の輝きがあるのだ。死を巻き込む勢いで突き進む草間彌生は本当に美しい。

 

ホー・チ・ミン市のミラーボール―②

 朝早く日本を出て、着いた先はかのホー・チ・ミンシティであった。想像はしていたが、熱い。春とはいえここは熱帯だ。

 空港を出て驚いたのは、そのほとんど無秩序ともいえる道路交通だ。バイク大国であることは知っていたが、交通ルールって何?レベルのなんでもありな状況であった。日本よりも数十倍交通事故が多いらしいが、そりゃそうだろうという感じ。バイクの多さは本当に笑ってしまったし、しかも渋滞を避けるために歩道を爆走するバイクもいる! 日本とは比べものにならないレベルの無秩序さであった。 

ベンタイン市場前の道路。実際これ以上にバイクの数は多い。

 

  ホーチミンシティはプロトタイプ通り「東南アジア」「発展途上国」の風景だ。私はこの景色を見たことがある、と何度も思った。フィリピン、インド、ブータン…。タイはバンコクパタヤしか行ったことないから何とも言えないけれど、もうちょい綺麗だった。あの排気ガス、土埃、屋台、市場…そして何処か生き生きとした人々はこの国々が共有する風景なのだろうか。強い日差しの中で立ち上る陽炎と土埃、どこかれかまわずゴミを燃やす感じが同じである。あとやっぱりちょっときたないところが。笑 

 同じ様に「この景色を見たことがある」と思ったのは、ホーチミン市中心部にある人民委員会である。人民委員会前には大きく手を挙げたホーチミン像が佇んでいる。

 大きなホーチミン像。その前はサイゴン川まで大きな開けた通りとなっており、噴水等が置かれている。夜になると多くの人が集まる憩いの場だ。まさにこの風景、チェコで見たことを思いだした。プラハの春が行われたあの ヴァーツラフ広場だ。

 思えばロシアも赤の広場はこうやってレーニン像を中心として開けた広場だろうし、旧共産圏、社会主義に共通した広場の作り方なのだろうか。

 因みにこの銅像からサイゴン川に広がるグエンフエ通りは中々いい感じである。歩行者天国とされている真ん中の大きな道は、人民委員会からサイゴン川まで続く。夜になるとライトアップされ、そこらへんがストリートミュージシャンや語らう若い人たちで溢れかえるオシャレスポットだ。真ん中のホコ天をバイクからの逃げ道としてよく利用していた。

  昼間の日差しが容赦なく体力を奪っていくホーチミンシティ。そんな場所での夜は涼しくて過ごしやすい時間であった。ルーフトップバーから見るサイゴン川にはハイネケンの広告が光り輝いている。(ハイネケンの赤星とベトナムの国旗の一致は敢えてなのだろうか)

 

 今回題名として借りたのはdCprGの曲名である。旅紀行の題に曲名を借りるのは少し恥ずかしいが、この曲を聴いた時の感動が忘れられなかったので引用させて頂いた。DCPRG、今や改名しdCprGである。アフロ=ポリリズムを切り開いたバンドだとか専門用語を使いだすと私も自信が持てないので省くが、どこかでチラっと訊いた(一度下っ端としてインタビューに行った時かもしれない)ご本人の発言で「アメリカなるものを表現するために結成したバンド」とおっしゃっていたのをうっすら覚えている。

 アメリカなるもの。それは日本に住んでいる私達が言うことで独特の意味を帯びる気がする。日本が第二次大戦でアメリカに敗した後、ベトナムは同じくアメリカと泥沼戦争を行った。枯れ葉剤、ゲリラ、北爆、反戦運動。当時ベトナムの人々、そしてアメリカの兵士たちの命は塵よりも軽く扱われていた。ベトナム戦争の話はハノイでの滞在や戦争博物館についてを交えつつ次で書こうと思う。フォレストガンプを始めとしたアメリカ映画たちにもベトナム戦争の暗い跡がちらついている。アメリカなるものにとって、ベトナムとはどういった意味を持つのだろうか。

 ホーチミンシティ、かつてはサイゴン。元々はアメリカによる支援を受けていた南ベトナムの首都だ。二次大戦からインドシナ戦争中越戦争に至るまで彼らは40年間、ずっと戦争をしていた。アメリカ、ソ連、フランス、中国という大きな力を跳ね除けるために。そんな中、1975年4月30日、北ベトナムの猛攻によりサイゴンは陥落し、翌年1976年7月2日ベトナム社会主義共和国が建国される。彼らは米ソが全てを握っていた世界構造に一つの大きなヒビを入れたのだ。マルクスレーニン主義に感動し民族独立を夢見たホーチミンの心は叶い、ドイモイ政策での急成長でベトナムは今や世界経済を支える国となっている。

 アメリカにとって、ベトナム戦争は誤算だったというのは有名すぎる話だ。しかし、あの大きな国はベトナムの存在によって、自身の持っている矛盾に気付かされたのではないか。60年代、ホーチミン市のミラーボールはベトナム反戦運動に明け暮れ、段々と厭世的になっていく若者たちを照らす。そうして70年代、アメリカでは厭世を吹き飛ばすディスコ・フィーバーが起こる。それは絶望の後に人々が作りだした悦楽だ。

 ミラーボールはディスコの上で回り続ける。毒々しい光を反射させ、踊っているもの達を夢へと誘う。ベトナムの国旗は真っ赤な色の中心に、鮮やかな黄色い星が描かれている。流された血の上に光るその星は、独立の象徴だ。私達アジア人にとっては、ホーチミン市のミラーボールは20世紀の悪夢に唯一光る希望なのかもしれない。

一応、ホーチミン市のミラーボールらしきもの。

様々な文化がぶつかりあった地、ベトナム―①

3月6日から14日まで、機中泊を含め計7泊、ベトナムへと旅行してきた。

 

まず最初にホーチミン三泊→ホイアン二泊→ハノイ三泊というプランだった。水曜どうでしょうには至らないが軽いベトナム縦断の旅である。(といってもフエやディエンビエンフーに寄ってないのは中々の痛手)

 

何故ベトナムなのかというと、まあ発展途上国大好き系大学生(?)なのもあるが、高校時代からずっと行ってみたいと願っていた国だからである。世界史でも特段重要な位置を占めているベトナム。徴姉妹の反乱、ドンソン文化、チャンパー(はどっちかというとカンボジアか?)、阮朝李朝…そしてベトナム戦争からのドイモイ政策は受験勉強を終えてしばらくしてからも思い出せる。

 

行く前は漠然と、ポストコロニアル的な世界を思い描いていた。フランス支配の影響やアメリカとの戦争を経て生まれた西洋と東洋がぶつかりあった地なのだと。しかしベトナム史の新書を読みいざ行ってみると、そのような面よりも中国の色が強いことに気がついた。もちろん西洋の色も濃い。かつてチュノムで書かれていた言葉たちはフランスの発音記号へと直されているし、多くの主要建物は西洋風の建築にされている。しかし所謂歴史的建造物、そして偉人たちの名から感じるのは中国の文化である。それもそのはず、ベトナムは日本と同じく中国の冊封国として存在していた。ベトナムのナムは「南」という意味で中国の南という意味だそうだ。それ故に本国の人々は「大越国」という名称を用いるようにしていたそうだが、今現在はベトナムという名を用いている。(それは現政権がかつて中国の支援を得て作られたものだからというのもあるらしい)

また少し笑ってしまうような一言だが、私が考えるよりもずっとずっと社会主義国であった。街にはそこらじゅうにプロパガンダが掲げられている。偶像と化したホーチミンの肖像たち、真っ赤な背景、深緑の軍服を来た国民たち。北朝鮮ソ連のイメージでしかなかったものが実在として目の前にあるのは感動だった。未だに共産党一党独裁ということだが、まあシンガポール然りそのおかげであの戦争の荒廃を乗り越え現在に至っているのだろう

今回そんなベトナム旅行記をささやかなながら写真と共に書かせていただく。

競売ナンバー49の叫び

ピンチョンついに読んでます。スローラーナーと競売ナンバー。あとインヒアレント・ヴァイス、そしてこれから重力の虹~

前々から気になっていたけど、前評判のせいでどこか触れられずにいたピンチョン。

意を決して読んでみたら、私この人好きだ!と思える作家さんだと気が付いた。

 

意味深なのか意味不明なのか

全ての言葉は強迫観念として私達へと迫る

パラノイアで分裂しまいと苦しむのか?はたまたハナから分裂して「匿名」へと還元、消滅するのか?

全てのカオスと妄想が混ざり合った瞬間にエントロピーは最大値になる。

圧し掛かる遠い歴史、悲しみ、アメリカ。

 

分裂したのは私なのか、世界なのか、それともあなた、?

真実は、いつだって息が詰まるほどに空っぽだ。

 

 

ピンチョンの優しさ、が垣間見えるといったらおかしいのかしら。

彼の作品には人間への失望と、愛情が入り混じっている気がします。

それも、偽物なのかもしれないけれど。

是非に読んでほしいっす。

けどできることなら原文がよいのかもしれない。 

 

 

FUJIROCK 2014

初フェスはフジロックでした。

めーっちゃ疲れたしなんかストイックにバンド見たけど、充足感が本当にすごかったな。

見れて良かった、その一言でした。

まあその中でも特に印象に残ったといいますか、個人的に文字化させたいかな~と思ったバンドをいくつか挙げて感想を書こうと思います。温度差あるけど許して。

25日(金) テントダッシュで体力既に奪われていたが見たいものが集中していたので、クライマックス

TEMPLES:噂通りのサイケデリックだったがなんだかギターのお二人が萩尾望都漫画にいそうだった。

FOSTER THE PEOPLE:楽しみにしてた以上のアクトでした。感動した。いや、曲が誰でもノリやすいしかっこいいっていうのはもうみなさんご存知の通りですよ。もうね、ちゃんとバンドしてるのにイケてるんだよなあ。いや、ちゃんとバンドしてたらイケてないとかそういう意味ではなく。本当に音楽が好きでルーツとかちょっと見てみても絶対ナードだろ!って感じなのにこうモテ路線にいくのが天才的だなと笑 しかし、大衆性も獲得しつつちゃんとアート性も持っているバンドなのは今の時代唯一無比ではなかろうか。ポピュラリティとアート性の絶妙な均衡を保っていると私は感じました。マークフォスターなんか超セクシーエモになってたし!最高っした!

BOMBAY BYCICLE CLUB:本命バンド、かわいい!なんて印象が強いバンド。多分女子ウケ○ マーキーだったけど背景のアートワークと照明に対するこだわりというか、全体的に自分たちがどうやれるか、どう見えるかという意識がすごく強いなと感じた。プロ意識。世界観への妥協しない姿勢。Lunaのジャケ写みたいなこう周期、月、女性・・・そういったものがメインとなったアートが背景に映し出され、本人たちはあのインディロックドストレートの曲を歌い上げる。やはり題名にBOMBAYと入っているだけあって、インド哲学への強い意識を感じた。背景のアートワークは月の周期と共に人やコブラが描かれていたり、宇宙の後に女性の身体が映されたり・・・うん、ウパニシャッド哲学。反体制非西洋としてのインド。まさに"UKインディーロック"でした。こだわりを強く客をその世界へと引きこむ、流行に引きずられることなく我が道を行く姿、見てよかったなあ。

BASEMENT JAXX:まあ楽しいよね笑 まあノリノリだよね笑 最高でした。 しかし気になったのは演奏陣が全員白人なのに対してボーカルには黒人かアジア人しか起用しないあの徹底したオリエンタリズム?非西洋主義?

なんというか、逆に植民地主義コロニアリズム的な何かを感じました。

しかしフロントマンがナードっぽいのがいいよなジャックスは。

本当に音楽好きなんだろうな~といつも思う笑 仲良くしたい

26日 つかれていたけどArcade Fireのために生きていました。

TRAVIS:もうね、涙腺崩壊ですよ。なんなんだトラヴィス!最高じゃねえか!なんだ森おじいちゃんみたいなボーカルの声!天性すぎるだろう! グリーンステージをどこか優しくて、懐かしくて、暖かい"どこか"へと一瞬にして変貌させた。ボーカルの声は本当に木漏れ日みたいな、暖かくて優しい。また森おじいちゃんみたいな見た目だからさらにその暖かさが増長する←? うーん、仰々しいかもしれないけれど 「救いの音楽」 だったなあ。 優しく人の存在を、そのまま肯定してくれていた。 メンバーがなんか仲よさそうでかわいいだよなあ。いい年したおじちゃん達、わちゃわちゃしてた。

ARCADE FIRE:大大大本命ことヘッドライナー。 ガチ勢したはずなのに柵から三列目ぐらいだった・・・グラミー賞アーティストおそるべし。 コーチェラのストリーミング見て授業中に大興奮したのが懐かしい。 いやもう登場を待つまで高まりすぎてはきそうだった、足も腰も限界に近づいていたけどここでリタイヤはできないって自分を鼓舞していた笑

誰もが言っているけれど、素晴らしいライブだった。このバンドもこだわりというか、どちらかというと音楽よりも先に自分たちが表現したいものが先行しているんじゃないかな。その一手段としての音楽というか。音楽が目的ではないんだよなあ。

メンバー全員がマルチプレイヤー、ドラム、ベース、グロッケン、キーボード。。。全員くるくる回っていた笑

最初に出てきたリフレクターマン(勝手に名付けた)がちょうど見える位置にいたのだが、これがまたどう作ったんだろうか・・・という感じのもの笑 ただ映像だとわからないけど、直で見るとスポットライトが表面に反射して四方に光線が散らばっていた。本当に感動したなあこれ。どんだけ練られてるねんと。紙吹雪は本当タイミングも照明も神がかっていて・・・美しかった。

前から考えていたけれど、Arcade Fireって全体的に見ると曲の雰囲気は暗い。というか、死に対する意識が曲全体を覆っている。異国と過去へのロマンシズム、生と死、それが彼らがメインとしているものなんだと私は感じた。

私が拙く出した結論は「彼らは死を、畏怖を持って、肯定的に、そして希望を持って受け入れている」だ。

全然すっきりしない文章だけど、これだ。そして彼らはそれを歌っている。人類に遍く待ち構えている死、それはいつだって恐れられているし誰だって死ぬのは怖い。けれどそこから目を逸らさずに、希望を捨てることなく自分たちの先にある死を受け入れているのだ。

ぬあ~~~言いたいことがうまく書けないもどかしさよ

三日目はユアソンとアウトキャストGOODでした フレーミングリップスもぶっ飛んでてGOOD

これ完全に書くの疲れた感な FUJIROCK楽しかったです(雑)

存在の耐えられない軽さ

元々クンデラという名前は知っていた。題名がすごく印象的だったし。

LAに行って、感じたことへの答えがこの中にあるんじゃないかなあと直感的に思ったのでほぼ衝動的に本屋さんで購入しました。

ていうかね、この↓の画像の帯に「20世紀恋愛小説の最高傑作」だとかなんとかキャッチコピーが書いてあるが。

私はこの小説を恋愛小説だとは思わない。

確かに小説で描いてることは一貫して男女の関係だけれど、クンデラが書きたかったのはそこではないと思う。

この小説の始まりは作者であるクンデラの視点から始まる。ニーチェ永劫回帰について触れたあと、主人公であるとマーシュが何であるかということについて言及するのだ。その時点でなんだかパンチ効いた小説だな・・・。と感じていたがその印象は小説全体を読んでも変わらなかった。途中ベートーヴェンの楽譜を盛り込んだり、辞書みたいな書き方をしたり・・・。初めてみる小説の書き方をしていた。

まあ内容は読んでのお楽しみってことで。

私は内容よりも途中で盛り込まれるクンデラの哲学観(なのかな、とりあえず考え方)に衝撃というか、これだ!と思った。

Es muss sein!

これはベートーヴェンの一説らしく、小説の中に数えきれないくらい登場する。ドイツ語を直訳すると「そうでなければならない」となる。 人生が「そうでなければならない」という意味でしばしば楽譜と共に登場する。

このEs muss seinと価値と必要性が「重さ」として描かれている。人生において自分を地面へと結びつけるもの、決められた道を歩かせるように自分への「重り」としてあるのだ。ここで一部引用したい。

≪あらゆる時代の恋愛詩においても女は男の身体という重荷に耐えること憧れる。もっとも重い荷物というものはすなわち、同時にもっとも充実した人生の姿なのである。重荷が重ければ重いほど、われわれの人生は地面に近くなり、いっそう現実的となり、より真実味を帯びてくる。それに反して重荷がまったく欠けていると、人間は空気より軽くなり、空中に舞い上がり、地面や、地上の存在から遠ざかり、半ば現実感を失い、その動きは自由であると同様に無意味になる。≫

私がこれだ!と思った文(笑) 

Es muss seinへの度重なる裏切りによって、人は自由になると同時に「存在の耐えられない軽さ」を手に入れると述べている。伝統とか決まり事を裏切り続けることによって自由は会得できるけど、同時に人生の価値とか必要性を失うのだ。と。

また理想化されたEs muss sein、存在との絶対的同意は俗悪(キッチュ)なものにつながると述べている。社会主義による理想社会を唱えて「大行進」していた人々を指して俗悪なものだと言っている。たとえば異常に誇張された虚像に過ぎない幸福像だったり。共産主義とか北のコリアが私には思い浮かんだ。

兄弟愛みたいなものを強要するものはすべて俗悪だとクンデラは言っちゃっている。まあその通りだね。そして存在は死したあと俗悪なものとなり忘却されるのだとも。つまり人間が死んだあとは本人の意思とは関係なく存在は勝手に理想化され、良いようにいじくりまわされた挙句忘れられるということ。まあレジェンドとか基本そうだよなあ。マイケルジャクソンだって何か死んだら更にスポットライト当たったもんね。当時人々が死んだ直後に手のひらを返したように「あれは冤罪だった」「彼の肌は正真正銘の病気だったのにマスコミが・・・」と云々言い出した時、それ生きてるときに言ってやれよと思ったのを覚えている。

クンデラはきれいごとばっかりの存在論みたいなものを俗悪なものだと言って否定し、人間の重さや軽さについて当時の世界情勢に合わせて語っている。前衛的な文章と鋭い視点はすごいのに、小難しく語ってないのが良い。彼はまだご存命みたいだけどもう作品は書かないのかな?他作品も読もうっと。

存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)
(1998/11)
ミラン クンデラ

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